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らぶどるのこと

2014年1月24日 21:26

先日発表になりましたが、僕が楽曲提供してきたライブアイドル「愛乙女★DOLL」が4月9日に日本クラウンからメジャーデビューします!

ナタリー - 愛乙女★DOLL、メジャーデビュー決定で涙「約束を果たす」

うれしい!! という気持ちと同じくらい寂しいという気持ちもあり。
それだけ、僕に取って彼女たちの存在が大きいんだということを改めて実感しています。

一緒に楽曲を作ってきた、ギターのnipotanが素敵なエントリを書いているので、僕も彼女たちのこと書いてみようかと思ってます。長いです。

愛乙女★DOLLというアイドルに曲を作ってくれませんか、と、当時僕が楽曲提供していたアイドルグループ「ディアステージアイドル部」のプロデューサでもあった桂田さんに声をかけてもらったのは2011年の3月初めでした。
趣味で音楽を作っていたプログラマの僕に「ディアステージアイドル部に曲を」と頼まれた時は、「それはもっとちゃんとした作曲家さんに頼んだ方がいいのでは?」と言いましたが、その頃はすでにアイドル部の「全力ポジティブ」そして、お披露目を待っていた「青春リアリティ」でそれなりにアイドル曲を作る楽しみと自信のようなものも生まれはじめていたので、「ぜひ!」と返事をしました。

彼女たちとはじめて会ったのは2011年の4月でした。本当なら、3月にライブを観にいくはずだったんですが、あの震災でライブの予定自体なくなってしまったので。
当時は、みーたん、あーちゃん、まりまり、ゆきりん、まややんの5人で活動していて、オリジナル曲はなくカバー曲を精一杯歌っていました。
でも、まだお客さんも少なかったです。

ヒビノアワ: そろそろ愛乙女★DOLLについて語っておくか

このエントリでも書きましたが、はじめてのオリジナル曲を彼女たちが歌うための条件が、ワンマンライブで70人動員することでした。正直に言います。無理だと思っていました。50人でも難しいだろうと。
桂田さんも、そんな変な条件つけずに素直に歌わせてあげたらいいのにってほんと思いました。
でも、その条件を彼女(とファンの人)たちはクリアしました。
そこで、楽曲制作のGOが出て、「GO!! MY WISH!!」は生まれたわけです。

そして、それから

  • 2011/06/29 GO!! MY WISH!! / 愛乙女★DOLL(作曲、編曲)
  • 2011/09/18 壊して、純情 / 愛乙女★DOLL(作曲、編曲)
  • 2012/02/18 Lovely Days / 愛乙女★DOLL(作曲、編曲)
  • 2012/05/26 キミはストーム / 愛乙女★DOLL(作曲、編曲)
  • 2013/06/18 GO!! MY WISH!!(KUJIRA REMIX) / 愛乙女★DOLL(リミックス)
  • 2013/08/18 虹を見たか / 愛乙女★DOLL(作曲、編曲)
  • 2014/01/12 ソレイユの魔法 / 佐野友里子(作曲、編曲)

リミックスと、ゆりりんのソロ曲を含めて7曲を作りました。
今だから言えますが、2曲目なんで僕じゃないんだろう? と寂しかったですw その後「壊して、純情」で再びお声がかかりましたが、その後数ヶ月の空きがあり「Lovely Days」を作ることになります。この空いている期間は「もう声かからないのかな」とこれまたちょっと寂しかったです。

しかし、この作家を固定しないというやり方は大成功だったと僕は思っています。
仮に、12ヶ月僕が全曲担当したら、らぶどるのカラーは統一できたかもしれませんが、毎月の驚きや、最終的に全曲揃った時のセトリの自由度は今のようなものではなかったでしょう。
次に何が来るか分からない。これは、作家たちもそうで、お互いに次にどんな曲を出してくるのか楽しみで仕方ありませんでした。作家同士も切磋琢磨し合ったのです。これが絆となり、らぶどる作家チームは今でも仲が良いです。

僕は、彼女たちに曲を書くのが楽しかったし、現場でのファンの人たちの盛り上がりが好きでした。
ほんとなら、作曲者があんなに頻繁に現場に通ったりはしないんでしょう。でも、楽しかったんですよ。現場が。彼女たちとファンの人たちが作り出す風景を、いつも会場の後ろから見ていました。12ヶ月連続公演、ほぼ毎回観ています。それ以外の、対バンライブも、ソフマップでの定期公演も、時間が合う時はできるだけ足を運びました。
ファンの人たちには「いつもいる音楽とは関係なさそうなおっさん誰なんだよ」と思われていたかもしれませんし、「CHEEBOWさん暇なのかな」ってメンバーにも思われてたかもしれませんがw でも、楽しかったんです。彼女たちの成長も眩しかったですし、そうやって、彼女たちの進化を感じることで、次はこんな曲を書こう! とか依頼もない時でも妄想していました。メンバーのソロ曲を書くとしたら、こんなのがいい! とかまで妄想していましたしね。

そうして、5人だったメンバーから2人抜け、3人加わり6人になったあたりから、この子たちがいつも言っていた「メジャーになりたい」っての、もしかして実現できちゃうんじゃないだろうかと思いはじめました。
なにしろ、目つきと気合いがまったく違いました。「向こう見ず」なんかじゃない、その先に確かに見える未来です。
妹グループに先を越された時はさすがにショックだったと思いますが、それでも、歯を食いしばって立ち上がって彼女たちは未来に向かいました。

この頃から、僕にも覚悟ができてきました。
メジャーデビューするということは、メジャーの世界でさまざまなことが動くと言うこと。メジャーのコンペに採用されたこともない僕にはもうお声がかかることはないだろうし、なにより、メジャーで曲が増えれば自然とインディーズ時代の楽曲を歌う機会は減っていくでしょう。
どんなにメンバーやファンに愛された楽曲だとしても、いつまでも過去を引きずり続けるのが良いことだとは思いません。
いつか、僕が必要とされない日が来るのです。それは、数ヶ月依頼がこないというのではなく、永遠に。

そして、メジャーデビューが決まったと、桂田さんから聞く日が来ました。
ついに、来たな。おめでとう! 素直に思いました。
1月になったら発表すると言うので、その日が待ち遠しかったです。
大切な娘たち(僕は年齢的には彼女のご両親と同じくらいの年なので、どうしてもこういう気持ちになってしまう)の大切な日です。

そして、2014年1月22日。
その発表の日、ちょっとはやめに現場に行きました。
普段は、差し入れなんて買っていかないのに、この日は特別。秋葉原の駅前でお菓子を買いました。ステージ前ではまだメジャーデビューは発表されていないから、おめでとう! って言いにくいし、でも、なんか気持ちだけでも「おめでとう!」って伝えたくて、それが差し入れになったのかな。

ライブ素晴らしかったです。キミはストーム、エモかったです。
ビデオも素晴らしかったです。
メジャーデビュー発表泣きました。
その後で「この曲しかないでしょ」って言葉で始まったラストの曲「GO!! MY WISH!!」では、泣きながら最後の転調前の「ごーまいうぃっしゅ!!」叫びました。
アンコールで、日本クラウンxらぶどる法被で出てきた時は、あー、ついに彼女たちあっちに行っちゃったんだな、って思いました。
すごくうれしいはずなのに、寂しくて、みんな忙しそうだったので、挨拶もせずに帰りました。帰り一人になった秋葉原から小川町に向かう夜道で、ちょっと泣きました。
なんで、寂しいんだろうな。うれしいはずなのにな。
よく分かんなくて、マフラーに顔埋めました。

そして、今。
うれしさと寂しさが同じくらいの割合で僕の中にあります。
誇らしい気持ちなのに、なんだか心に穴があいた感じ。

でも、昨日あたりから、寂しさが少しづつ消えていっています。
それは、彼女たちは変わらないって言っているし、こんなメッセージもくれたし、そして、日本クラウンの担当さん、ほんとに熱いしらぶどる愛感じられて信じられるからかもしれません。

それに、思ったんですよ。
彼女が自分の手の届かないところに行ったと感じるなら、僕がそこに行けばいいんです。
メジャーでも必要だと思えるだけの曲を作る力をつけます。
やっぱCHEEBOWだな! 誰もがそう思ってくれたら、自然と声がかかるはずじゃないですか。

自分で決めつけた
限界 足かせに
生まれ変われる
可能性を閉ざすな

「虹を見たか」でそんなメッセージを彼女たちに伝えたのは誰だった?
その僕が、決めつけちゃいけない。
だから、僕は彼女たちに追いつきます。
また、彼女たちの曲作ります。ファンの人たちに喜んでもらえる曲作ります。
ちょっと時間がかかるかもしれない。
でも、いつか必ずそこに行きます。

なんて言いつつ、きっとまた寂しくなると思うんだけどw


追伸
「GO!! MY WISH!!」がももクロの「あの空へ向かって」みたいな存在になったらいいな!

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